Kobayashi Law Office


                         

★ コラム

2016.09.29
 高齢化社会と言われて久しいですが、当事務所でも、一定の頻度で高齢者の財産処分を巡るご相談をお受けしています。
 民法上、自分の家を売る、預金を誰かに贈与する、といった行為をするには、財産処分をするに足りる判断能力(法律の世界では「行為能力」と呼ばれます。)が必要です。遺言作成の場面では、満15歳を超える程度の判断能力(法律の世界では「遺言能力」と呼ばれます。)があれば足りるとされていますが、遺言の中で財産を処分する意思を表示する場合(例えば「長男に自宅不動産をあげる」という内容)は、やはり行為能力と同水準の判断能力が必要だと言われています。
 さて、弁護士として判断が難しいと感じるのは、ご本人が認知症と診断されているケースです(このようなケースはよくあります。)。そもそも、一言で認知症といっても、原因や程度は人により様々です。また、医学的にみて認知症と診断されていることと、法律上の行為能力、遺言能力とは全く別次元の話です。介護の場面で出てくる要介護度とも全く別次元の話です。
 ところで、何らかの形で判断能力に疑問がある場合に民法が予定しているのは、成年後見、保佐、補助の制度です。法としては、判断能力に疑問がある場合は、家庭裁判所へ成年後見等を申し立て、家庭裁判所の判断を待って財産処分を行って欲しい、と考えているのです。
 それでは、認知症と診断されると成年後見人等が選任されるまで何もできないのでしょうか。この点については、法的には『何もできない』とは言い切れません。判例上、認知症と診断された方により財産処分を内容とする遺言が作成されたケースでも、遺言は有効とされた事例があります(東京地裁平成24年12月27日判決等)。判例では、「認知症」という診断結果だけでなく、遺言作成当時のいろいろな周辺事情を細かく拾い上げて判断能力の有無を判断しているわけです。もちろん、財産処分を内容としない遺言であれば、15歳以上と同程度の能力があれば遺言を作成することは可能です。
 以上を踏まえたとき、『母は認知症ですが、息子である自分に土地をあげる遺言を書きたいと言っています。父は既に亡くなっており、母の相続人は自分と弟だけです。母のために遺言を作成することはできますか。』といった相談があった場合、ご本人であるお母さんの真意はどこにあるのかを慎重に考えなくてはなりません。
 弁護士としては、認知症だからといって当然に遺言が無効になるわけではないので遺言の作成を検討することはできる、しかし、お母さんの没後、遺言の効力に疑問を持った弟さんが遺言無効確認の裁判を起こすことを止めることはできない、遺言作成にあたってはお母さんと直接お話して真意を確認させていただくことになる、と説明することになるでしょう。長男に財産を渡したいというお母さんのご意思を尊重するなら、少しでも判断能力が残存していれば遺言を作成する方向で動くでしょうし、没後の息子2人の紛争を望まないというのがお母さんの真意であれば、この状況で遺言作成をお手伝いすることは難しくなります。
 以上から分かるとおり、理想を言えば、ご本人がまだまだ元気なうちに、遺される世代のことを考えて、自分の財産についての将来設計をしておくことが大切です。そのための方策として、遺言作成のほか、任意後見契約という方法もあります。気になる方がおられましたらお気軽にご相談下さい。
2016.06.24
 先日、保険代理店を営む方とお話しさせていただく機会があり、不当解雇、パワハラ・セクハラ等、事業主の労務管理に関して生じた賠償金につき補償してくれる損害保険商品がある、とお聞きしました。
 弁護士としては、実際に保険金が支払われる範囲はどこまでなのかが気になりますし、不当な保険金請求事案が生じるのではないかという懸念も考えますが、ともかく、事業主にとって、労務管理による金銭的負担を抑えるニーズが高まっていることの一つの現れであることは確かだと思います。当事務所でも、事業者側、労働者側を問わず、人事労務紛争についてはよくご相談を受けていますし、実際に事件として取り扱った案件も多くあります。
 例えば、不当解雇事案を考えてみます。 ある会社(A社)が従業員(Bさん)を解雇し、これにBさんが異議を述べ、法的紛争に発展するのが典型的なケースです。
 A社からすれば、Bさんを解雇しているのですから、当然「会社に来なくてよい」ということになります。他の従業員をBさんの後任として手配し、Bさんの戻る場所はなくなっているでしょう。
 しかし、Bさんの立場からすれば、A社の解雇は無効なのでBさんはA社の社員のままである、A社が「会社に来なくてよい」と命令(業務命令)しているから従っている、会社の命令に従っているのだからその間の給料を支払え、という理屈になります。
 A社にもBさんにもそれぞれ言い分も正義もあるでしょうが、ここではA社の法的リスクを考えてみたいと思います。

 仮に訴訟にまで発展してしまい、解雇から2年後に「A社の解雇は無効」との判決が出た場合、A社は、BさんにA社内のポストを用意し、2年間の未払賃金を支払わなければなりません。
さらに、判決で支払いを命じられた未払賃金額と同一額の「付加金」の支払いを命じられる可能性があります(労働基準法114条。単純にいえば未払賃金の2倍の金額を支払わなければならなくなります。)。 もちろん、判決までに退職を前提とする和解が成立する場合もありますが、和解金として、数ヶ月分以上の未払賃金+退職金相当額の支払いを求められることが多いです。
 このようなリスクを考えたとき、事業主としては、先に述べた保険のような事後的なケアだけでなく、紛争を予防する視点も大切です。
 弁護士がお手伝いできる業務としては、採用・配転・休職・退職・懲戒手続等の日常的な労務管理を巡るアドバイス、労働契約書や就業規則のチェック・改定等があります。具体的に紛争化した場合は、裁判実務を踏まえた早期かつ合理的な解決を目指して代理人としてお手伝いさせていただきます。労務管理上、少しでも気になることがありましたら、お気軽にご相談下さい。
 昨今、「同一労働同一賃金」の原則を労働法規に盛り込む動きがあるなど、労働法制は常に変動しています。今後も、新しいトピックがありましたら、様々な形でみなさまに情報提供できればと思います。
2016.03.23
 先日、介護事業を営むある会社の御依頼を受け、介護職員初任者研修の1コマとして、人権啓発についての研修講師を務めさせていただきました。
 私は、日常業務において、複数の方の成年後見人(法定後見)としての職務を担っていますし、また、介護事故について取り扱ったこともありましたが、いざ体系的に分かりやすくお話しようと整理してみたとき、改めて思うことがあります。
 昨今、法律専門知識のない一般の方々にも権利意識が浸透しつつあり、介護サービスの利用関係においても、時には過剰ともいえる要求が、権利行使の名の下で行われている事例が散見されます。例えば、介護施設でのレクリエーションにおいて、介護事業者が工夫をこらし、ひもを使って遊ぶ内容を考えたとしても、それを見た利用者の家族から、「違法な身体拘束につながるから止めるべき」との要求がなされる、といったケースがあります(もちろん、違法な身体拘束につながる危険がない遊びであることが前提です。)。
 利用者側としては、介護施設といういわば密室内で何が起こっているか分からない、言うべきことは言わなければ、という心理が働くのでしょう。その不安がもっともな場合もあるのですが、翻って介護サービスの原点に立ち返ったとき、細かいところまで過剰ともいえる要望をしていくことが、かえって介護サービスを受ける本来の目的を達成することを妨げる結果とならないだろうかと懸念されます。
 介護とは、本人が持つ身体的・精神的・社会的残存能力を最大限に生かし、物理的・人的・システム的環境を工夫することによって、より豊かな生活・人生を実現することを直接的・間接的介助を通じて支援するサービスと言われています。しかし、過剰な要求のために介護事業者が必要以上に萎縮し、結果的に利用者が十分なサービスを受けられないとなれば、本末転倒とも思えます。もちろん、介護事業者側として、普段から、利用者側と綿密にコミュニケーションを図り、信頼関係の醸成に努めることは不可欠ですが、利用する側も、自身が正しいと思うことを一方的に主張するだけでなく、より良い介護に向けて、介護事業者と積極的にコミュニケーションを図ろうとする努力が必要ではないかと思います。
 利用者、被利用者の双方が、介護サービスの本来の目的を十分に理解し、より良い関係を築いていくことが、不幸な介護事故や、また、介護を巡る不祥事を少しでも防止することにつながるのではないかと思っています。